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2010年9月15日水曜日

IDとミリシア

IDカード(身分証明証)についてワリードが手記17で偽造ID所持について書いています。そのIDには氏名・住所以外に宗教、宗派、部族が明記され、時にひとびとの生死を分かつことになるのです。イラクは9割がイスラム教です。そのイスラム教徒がスンニ、シーアと別れて宗派間で対立しているのです。日本では宗派間対立とか紛争とか言われていますがワリードはthe sectarian war=宗派間戦争と書いています。その死者数がイラク戦争での民間人の被害を超えているからでしょう。
IDの携行は義務です。ミリシアは町はずれなどに勝手にチェックポイント(検問所)を作って通行人を調べ、対立する宗派の人間を拒否します。エスカレートすれば拉致殺害に至りたいへん危険です。ひとびとは別の宗派のIDを持つことになります。名前も宗派の偉人にちなんだりした本名だとばれてしまうので偽名にします。
2004年ころから登場してきたのがミリシアです。
ミリシアを訳すと単に民兵ですがイラクの場合宗教的背景が強く宗教私兵集団といった意味になります。ワリードの手記には何度もミリシアの名前が出ますがそのときの状況に応じて政治的なこともあります。身代金を要求するミリシアは宗教的とはいえずたんなる強盗でしょう。地域性が強い場合は自警団と呼べるかもしれません。ミリシアについてはその文中に応じて意味を読み取っていただきたいと思います。

ワリードの場合、ある日実家に脅迫文が投げこまれ小さな子どもが玄関先で見つけます。
一家は地域で50年近く暮らし家族はみなムスリムでいたって普通のイラク人です。ただしワリードは戦争取材景気でいっきに小金持ちになっています。クルマも買い換えました。たぶん近所では目立ったかもしれません。もっとも問題だったのはワリードが外国人に協力していたことでしょう。
脅迫文には近所では知られているはずのない日本のテレビの名前があります。自衛隊の活動さえバグダッドでは知られていないのに誰が知るでしょう。親しい友人の誰かか親戚なのか密告者がいるようで不安になります。家族を連れて避難しますが妻にさえ行き先を告げられません。知らなければ守る秘密がありません。
隣近所のやはりスンニの住人は家長を殺されすでに一家で町を出て行きました。
小さな子どもがいるので恐怖におののきます。脅迫に対応しなければなりません。見えない犯人を刺激することになるのでワリードを家に入れられないわけです。
ワリードは監視の目を恐れることになります。都市の生活ではどこからそして誰から監視されているかわかりません。気がつくと尾行がつき、クルマはすでにマークされているので家から離れたところに停めてバスで町に入ります。さらに暗くなるまで町の中は歩けません。

ワリードのように外国メディアの協力者はもちろん米軍、外国企業に関わっていて身元がばれるなどすればいつ処刑されるかわかりません。スンニ派にとって警察は信用できません。警察の内部にはシーア派ミリシアメンバーがいるのです。ミリシアが制服を着て警察になったともいいます(全員ではありません)。ワリードの義理の弟は警察官でしたがスンニなのであっさり殺されるわけです。
戦後の選挙で人口で多数のシーア派が政権を取りました。とくに警察と内務省はシーア派が実権をとっています。サダム時代はシーアは圧政を受けていました。体制が変わって今度は多くのスンニが報復されました。スンニも復讐にかられ爆弾を抱いてシーア派モスクに飛び込みます。
スンニ派にもミリシアはいます。ミリシアは自派の住民を殺し敵対するミリシアのせいと工作し復讐心をあおったともいいます。憎悪と恐怖の連鎖は収まりません。

ワリードが家を出たにもかかわらず脅迫は続き一家までも殺害予告を受けます。四男(ワリードの下の弟)はモスクに行った帰りに警察に捕まりました。警察は裏で弟をミリシアに引き渡し弟は惨殺され道ばたに捨てられます。

ワリード一家は一族の出身地に避難できただけましでしょう。行き先のないひとびとは国内、国外難民になりその数は200万人余といいます。
一家の去ったバグダッドの家はすぐにミリシアに奪われます。スンニエリアから同じように逃れてきたシーアファミリーが斡旋されそこに住むことになります。もう彼らを追い出すことはできません。ワリードが住んでいたバグダッドの一画はそれまではスンニもシーアも入り交じって住んでいましたがもうスンニが住めない町になりました。
ワリードは蓄えを投じて国外脱出の計画をたてます。しかしその半ばで妻の父が身代金目当てに誘拐されます。要求された25,000ドルを支払いすっかり資金を失います。不幸のスパイラルはつづきます。ワリードは生活のために、脅迫されながらもメディアの仕事をやめることができません。
身代金を払って取り戻した義父は数ヶ月後またも掠われ今度は生きて帰って来れませんでした。

ワリードは避難先の村に閉じ込められました。村は一族の出身地で安全なはずでしたがそこもミリシアに目をつけられ毎夜の襲撃を受けます。父と母を続けて喪います。高校生の末の弟さえ誘拐されてしまいます(その2年後ワリードとともに米軍に逮捕されます。10年の刑でまだ服役中です)。
家族を守るために自警団に入り銃をとることになるワリードは武器所持の理由などで米軍により逮捕されます。米軍からすると自衛のために戦っているこの村人らもミリシアと見なされるでしょう。

ワリードは過酷な刑務所に耐えて生還しました。

ワリードがまだ生きていてほんとによかったと思います。
(管理人)

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